広島高等裁判所 平成11年(行コ)13号 判決 2000年10月17日
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人広島市西区長が控訴人に対し平成七年一月一二日付でした国民健康保険葬祭費不支給決定処分を取り消す。
三 被控訴人広島市長が控訴人に対し平成七年一月一二日付でした原子爆弾被爆者葬祭料不支給決定処分を取り消す。
第二事案の概要
一 本件は、控訴人の父であるAの葬儀の葬祭執行者であり、国民健康保険法五八条、広島市国民健康保険条例五条に基づく国民健康保険葬祭費(以下「本件葬祭費」という。)及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律(昭和四三年法律第五三号、平成六年法律第一一七号により廃止)九条の二(現行の原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律三二条に相当)に基づく原子爆弾被爆者葬祭料(以下「本件葬祭料」という。)の各受給権者である控訴人が、広島市西区長及び広島市長に対して本件葬祭費及び本件葬祭料(以下、両者を「本件葬祭費等」と総称する。)の各支給申請を行ったところ、控訴人の兄であるBが同人及び控訴人の母であり、Aの妻であるCとともに広島市西区役所に赴いて控訴人の名において行った本件葬祭費等の各支給申請(以下、略称するときは「本件各支給申請」という。)に基づいて既に本件葬祭費等が控訴人に支給されていることを理由として、控訴人の前記各支給申請につきそれぞれ不支給決定処分がされたため、控訴人が、本件各支給申請は控訴人の授権に基づくものではないとして、各不支給決定処分の取消しを求めた事案である。
二 本件の前提となる事実並びに争点及び争点についての当事者の主張は、次のように原判決について訂正、付加するほか、原判決が「第二 事案の概要」、「第三本件の争点」及び「第四 争点についての当事者の主張」と題する部分に記載するとおりであるから、これを引用する。
(原判決についての訂正、付加)
1 原判決五頁一行目の「(当事者間に争いのない事実)」を「(当事者間に争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実)」に、同三行目冒頭から同四行目の「う。)」までを「A(平成五年三月二五日死亡)」にそれぞれ改め、同七行目の「法律第四一号」の次に「、平成六年法律第一一七号により廃止」を、同行の「三条」の次に「(現行の原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律二条に相当)」を、同末行の「法律第五三号」の次に「、平成六年法律第一一七号により廃止」を、同行の「九条の二」の次に「(現行の原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律三二条に相当)」をそれぞれ加える。
2 同六頁二行目の「Bら」を「B」に、同三行目冒頭から同四行目の「広島市西区役所」までを「Bは、平成五年六月一一日、Cとともに広島市西区役所に赴き、同区役所」に、同五行目から同六行目にかけての「国民健康保険葬祭費(以下「本件葬祭費」という。)」を「本件葬祭費」に、同六行目から同七行目にかけての「原子爆弾被爆者葬祭料(以下「本件葬祭料」という。)」を「本件葬祭料」に、同七行目の「各支給申請手続をそれぞれ行った」を「本件各支給申請の手続を行った(Bが右申請手続を行ったことにつき、乙一二、証人D、同B及び弁論の全趣旨)」に、同一〇行目の「支給された。」を「支給する旨の各決定(以下「本件各支給決定処分」という。)を経て、その支給がされた。」にそれぞれ改める。
3 同七頁一行目から同二行目にかけての「本件葬祭費及び葬祭料」を「本件葬祭費等」に、同六行目の「本件処分一」を「本件不支給決定処分一」に、同九行目の「本件処分二」を「本件不支給決定処分二」にそれぞれ改め、同行の次に改行して「(以下、本件不支給決定処分一、二を「本件各不支給決定処分」と総称する。)」を加え、同末行の「本件処分一」を「本件不支給決定処分一」に、同八頁三行目の「本件処分二」を「本件不支給決定処分二」に、同七行目の「本件葬祭費及び葬祭料」を「本件葬祭費等」に、同九行目の「担当者」を「担当職員ら」に、同一〇行目の「被告らは」から同末行の「主張すること」までを「本件葬祭費等の各支給が適法かつ有効にされたものと認めること」にそれぞれ改める。
4 同九頁四行目の「本件支給申請手続」を「本件各支給申請の手続」に、同六行目の「担当者」を「担当職員ら」に、同九行目の「本件各申請行為」を「本件各支給申請の手続」に、同一〇行目の「原告本人もしくはその代理人又は使者」を「控訴人本人又はその使者若しくは代理人」にそれぞれ改める。
5 同一〇頁六行目の「使者」の次に「又は代理人」を加える。
第三当裁判所の判断
一 当裁判所も、控訴人の本訴請求はいずれも理由がないと判断するものであり、その理由は、次のように原判決について訂正、付加し、二項のように当審における当事者双方の主張とこれらに対する判断を付加するほか、原判決の「第五当裁判所の糊断」と題する部分の説示と同一であるから、これを引用する。
(原判決についての訂正、付加)
1 原判決一一頁三行目冒頭から同五行目末尾までを「証拠(甲全一、二、四、一一の1及び2、一四の1、乙五、一八の1、11、14ないし18、証人B及び控訴人本人(原審及び当審))及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。」に改める。
2 同一二頁二行目の次に改行して「なお、控訴人は、火葬許可証の交付申請や死亡の届出等の手続をすべて葬儀会社の担当者に一任し、死亡診断書等の関係書類一式を封筒に入れて右担当者に渡し、右担当者を通じて火葬許可証の交付を受けたものであり、右交付の際に右担当者から右封筒の返還を受け、右封筒に死亡診断書及び火葬許可証の各写しを含む各種手続用の関係書類一式を入れて保管していた。」を、同六行目の冒頭に「Aの死亡に伴い、国民健康保険の世帯主氏名をAからCに変更する手続と、Aの厚生年金をCの遺族年金に切り替える手続が必要となっていたため、」をそれぞれ加え、同九行目の「(中略)」を「また、その他、年金の手続きもしたいと思います。」に改める。
3 同一三頁六行目の「同人」を「B」に改め、同七行目の「八七万四三三〇円」の前に「(半額)」を加え、同行の「原告はBに対して」を「右葬儀費用に関しては、当初は控訴人がその全額を負担することになっていたが、Bが自分の関係の参列者が持参した香典をすべて持って帰ったことから、これに不満を抱いた控訴人がBに電話で半額を負担するよう求めて同人の承諾を得、同人に対し、右葬儀費用の負担分を右口座に振り込むよう依頼するとともに、右振込先の口座を知らせる趣旨で、」に改め、同末行の末尾に「その際、Bは、関係書類が散逸しないように、右依頼に係る証書類を関係書類一式(前示のとおり死亡診断書及び火葬許可証の各写しを含む。)の入った封筒(乙一八の1。表面に税理士事務所名が印刷され、当該税理士事務所から控訴人あての郵送に使用済みのもので、裏面に関係書類の標目(「死亡診断書(写)」及び「死体火葬許可証(写)を含む。)がメモ書きされている。)ごと控訴人から預かった。もっとも、その当時、控訴人は、葬祭執行者として本件葬祭費等の支給が受けられること自体を知らなかった。」を加える。
4 同一四頁六行目の「B及びCは、」を「Bは、Cとともに、」に改め、同八行目の次に改行して次のとおり加える。
「二 本件各支給申請の必要書類証拠(甲全三、乙一、二、一〇、丙一、二)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
1 本件葬祭費の支給申請の必要書類
広島市国民健康保険規則七条は、「条例第5条の規定による葬祭費の支給を受けようとする者は、所定の様式による葬祭費請求書に、埋火葬許可証の写し及び被保険者証等を添えて、市長に提出しなければならない」と規定しており、これを受けて広島市西区の担当部局が職員の事務処理の指針として作成した国民健康保険事務手引書(乙一〇)には、本件葬祭費の支給申請に必要なものとして、葬祭費支給申請書、火葬許可証、印鑑、保険証が掲げられており、広島市西区役所において申請者向けに厚生課の窓口に備え付けられている「葬祭費の申請に必要な書類」と題する案内書(甲全三)及び遺族関係給付に関する案内書(丙一)には、右申請に必要なものとして、国民健康保険証、火葬許可証等、葬祭執行者の印鑑、葬祭執行者の預金口座番号の分かるもの(郵便局は除く。)が掲げられている。以上によれば、本件葬祭費の支給要件に係る被保険者の死亡の事実及びその葬祭執行者を確認するために、法令上は火葬許可証の写し及び被保険者証が必要書類とされ、実務上は、広島市西区役所における口座振込の事務処理の手続のため、葬祭執行者の預金口座番号の分かるものの提出が事実上求められており、申請者と受給権者(葬祭執行者)の同一性の確認のためにこれらの書類に加えて葬祭執行者の印鑑の提出が求められているものということができる。
2 本件葬祭料の支給申請の必要書類
本件葬祭料の支給申請に必要な書類に関しては、法令に明文の定めはないが、広島市の担当部局が職員の事務処理の指針として作成した「事務の手引」と題する書面(丙二)には、本件葬祭料の支給申請に必要なものとして、葬祭料支給申請書、死亡診断書又は死体検案書(戸籍法に基づく死亡の届に添付されたものの写しでもよい旨明記されている。)、火葬許可証(後述のとおり、本件葬祭費の場合と同様に写しで足りる趣旨と解される。)、申立書、申請者名義の普通預金通帳(口座振込の場合)、被爆者健康手帳、印鑑が掲げられており、広島市西区役所において申請者向けに厚生課の窓口に備え付けられている前記の各案内書(甲全三及び丙一)には、右申請に必要なものとして、火葬許可証等、葬祭執行者の印鑑、葬祭執行者の預金口座番号の分かるもの(以上は前記1の本件葬祭費と共通)のほか、被爆者健康手帳、死亡診断書又は死体検案書(写しでもよい旨明記されている。)が掲げられている。以上によれば、本件葬祭料の支給要件に係る被爆者の死亡の事実及び死因(原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律九条の二ただし書参照)並びにその葬祭執行者を確認するために、実務上、死亡診断書又は死体検案書(前記のとおり、写しでもよいとされている。)、火葬許可証(前記のとおり、本件葬祭費の場合と同様に写しで足りる趣旨と解される。)及び被爆者健康手帳が必要書類とされ、さらに広島市西区役所における口座振込の事務処理の手続のため、葬祭執行者の預金口座番号の分かるものの提出が事実上求められており、申請者と受給権者(葬祭執行者)の同一性の確認のためにこれらの書類に加えて葬祭執行者の印鑑の提出が求められているものということができる。」
5 同一四頁九行目冒頭の「二」を「三」に、同一〇行目冒頭から同一五頁一行目末尾までを「証拠(甲全四、乙三、四、一一ないし一三、一八の1、7、11、14ないし18、丙三ないし五、八ないし一二、証人E、同D、同F及び同B)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。」にそれぞれ改める。
6 同一五頁二行目の「B及びCは、」から「厚生係」までを「Bは、平成五年六月一一日、Cとともに広島市西区役所に赴き、同区役所厚生課厚生係の」に改め、同三行目の「窓口において、」の次に「担当職員のEに対し、」を加え、同九行目の「死体火(埋)葬許可証」を「火葬許可証」に改め、同末行の「添えて」の次に「H名の印鑑とともに」を加え、同一六頁一行目の「Bらは、」から同二行目の「窓口において、」までを「Bは、Cとともに厚生課厚生係の受付に隣接する厚生課保険係の受付に赴き、その窓口において、担当職員のDに対し、右のとおり既に厚生係に提出済みの火葬許可証及び預金通帳の各写し並びに印鑑に加えて国民健康保険被保険者証の原本を添えて、」に改める。
7 同一六頁四行目の「本件葬祭料等は」から同五行目の「なっている」までを「広島市西区役所においては、本件葬祭費等の支給方法については、法人名等の肩書のない葬祭執行者(受給権者)個人名義の預金口座に振り込み送金する取扱いがされている」に、同六行目の「Bらは」を「Bは」に、同七行目の「Fから」を「Eから相談を受けた厚生係担当職員のFから、」に、同行の「本件葬祭料」を「本件葬祭費等」にそれぞれ改める。
8 同一七頁五行目の「Fらによって作成された。」を「作成された。Bが当初提出した本件葬祭費の申請書に関しては、書き間違えのために当該事項の記載が判読しにくい状態になっていたため、DがBの同意の下に同人の面前で新しい申請書用紙に当初の記載内容を転記してBの押印を得、預金口座の欄だけを空欄にしておき、Bからの電話連絡を受けた時点で同欄の記載を補充して、乙三、四の申請書が作成された。また、Bらが当初提出した本件葬祭料の申請書(丙三)に関しては、振込先の口座名や口座番号を訂正扱いにすると会計課の決裁が通りにくいこと等を考慮して、FがBの同意の下に押印のみをした白紙の申請書用紙を預かり、当初の記載内容を転記した上で預金口座の欄だけを空欄にしておき、Bからの電話連絡を受けた時点で同欄の記載を補充して、丙四の申請書が作成された。以上の本件各支給申請の手続において、右担当職員らは、いずれも、申請者が前記の必要書類一式と印鑑を提出して葬祭執行者(受給権者)本人として申請手続を行っており、右申請手続に同行して立ち会ったAの妻(控訴人の母)Cも、これに何ら異議を述べず、右申請手続による本件葬祭費等の支給を希望する意思を表明していたため、当然に葬祭執行者(受給権者)本人により支給申請が行われたものと考え、本件各支給決定の手続を行った。なお、本件葬祭費等は、本件各支給決定により、Bが広島銀行己斐支店において新規に開設した控訴人名義の預金口座に振り込まれたが、その預金通帳は、その後、B又はCが所持している。」に改める。
9 同頁六行目冒頭の「三」を「四」に、同七行目の「本件各申請手続を依頼したか。」を「本件各支給申請の手続を依頼したか(争点一)。」にそれぞれ改め、同八行目の冒頭に「(一)」を加え、同行の「火葬許可証の」を「火葬許可証及び死亡診断書の各」に、同一八頁一行目の「Bらが」を「Bが」に、同三行目の冒頭から同五行目の「からすると、」までを「兄であり、その申請手続には控訴人の母(死亡者Aの妻)も同行して立ち会っていること、Bが自ら記入して当初提出した本件葬祭料の申請書(丙三)には、本件葬祭料を控訴人の預金口座に振り込み、かつ、その旨を控訴人本人にはがきで通知することを求める旨の記載がされていたこと等の諸事情に照らすと、」にそれぞれ改め、同八行目の冒頭に「(二)」を加え、同行の「B」を「証人B」に改め、同二〇頁七行目冒頭から同二一頁一行目末尾までを次のように改める。
「(三) そして、被爆者健康手帳の原本は、前記一認定の事実関係に徴すると、Aの国民健康保険の世帯主の変更及び厚生年金の遺族年金への切替えの手続に必要な書類の一つとして送付又は手交を求めるBからのファックスによる依頼に基づき、BがAの法要後に控訴人の経営する歯科医院を訪れた際に控訴人から受領したものと認めるのが相当であり、Bが被爆者健康手帳を所持していたことをもって、直ちに本件葬祭費等の各支給申請につきBが控訴人から授権を受けていたものと推認することはできない。また、死亡診断書及び火葬許可証の各写しに関しては、前記一認定の事実関係に徴すると、控訴人は、火葬許可証の交付申請や死亡の届出等の手続を葬儀会社の担当者に一任して了した後、死亡診断書及び火葬許可証の各写しを含む各種手続用の関係書類一式を封筒に入れて保管していたところ、Aの法要後に控訴人の経営する歯科医院を訪れたBは、前記のファックスにより依頼してあった被爆者健康手帳等の証書類を控訴人から受領した際、関係書類が散逸しないように、その証書類を右関係書類一式の入った封筒ごと控訴人から預かったものと認められ、前示のとおり右関係書類の授受に際して国民健康保険の世帯主の変更及び年金関係の手続の範囲を超えた授権の存在は認められない以上、Bが死亡診断書及び火葬許可証の各写しを所持していたことをもって、直ちに本件葬祭費等の各支給申請につきBが控訴人から授権を受けていたものと推認することはできない。
さらに、「H歯科診療所G」名義の預金通帳の写し(乙一八の17)は、前記一のとおり、葬儀費用の負担分の振込送金の依頼とともにその振込先の口座を知らせる趣旨で控訴人がBに送付していたものであり、Bが右預金通帳の写しを所持していたことは、本件葬祭費等の各支給申請に関する控訴人のBに対する授権の存在を推認するに足りる事実とはいえない。そうすると、Bがした本件各支給申請は、無権代理行為ないし控訴人の名でした事務管理に当たるものと解するのが相当である。」
10 同二一頁二行目の「本件において、」を「本件の全証拠によっても、なお、」に、同四行目の「認めるに足りる的確な証拠はない」を「認めるには足りない」に、同六行目の「被告らは、」を「被控訴人らの担当職員らにおいて」に、同七行目の「本件各葬祭費」から同八行目末尾までを「、本件葬祭費等の各支給が適法かつ有効にされたものと認めることができるか(争点二)。」にそれぞれ改め、同九行目冒頭から同二六頁六行目末尾までを次のように改める。
「(一) 本件各支給決定処分の適法性及び同処分に基づく支給行為の弁済としての効力
本件各支給決定処分により既に支給済みであることを理由としてされた本件各不支給決定処分の適法性を検討するに当たっては、その前提として、本件各支給決定処分の適法性及び同処分に基づく支給行為の弁済としての効力(控訴人に対する弁済としての有効性)が問題となる。すなわち、Bが受給権者(葬祭執行者)本人として行った本件各支給申請につき、支給要件を充足する受給権者(葬祭執行者)である控訴人を名あて人としてされた本件各支給決定処分が、仮に、各担当職員において本件葬祭費等の各支給申請につき必要書類等を適切に審査し、支給要件の審査及び申請者と受給権者(葬祭執行者)の同一性の確認について各担当職員に求められる注意義務を尽くした上で過失なく行われたものであるとすれば、本件各支給決定処分をもって違法と評価することはできず、同処分に基づく支給行為の弁済としての効力に関しても、債権の準占有者に対する弁済に関する民法四七八条の類推適用により、控訴人に対する有効な弁済としての効力を生ずるものと解されるところであり、その場合には、本件葬祭費等が既に支給済みであることを理由としてされた本件各不支給決定処分も、これを違法と評価することはできないものと解するのが相当である。
すなわち、本件各支給決定処分のように、法令の定める支給要件を充足する受給権者に対して当然に一定の社会保障的な金銭給付を付与することを内容とする給付行政における支給決定処分に関しては、給付行政の性質上、多数の支給申請について支給要件の審査及び申請者と受給権者の同一性の確認を一定の必要書類等に基づいて効率的に行うことが事務処理上不可避的に必要となるものである以上、支給要件を充足する受給権者を名あて人としてされた当該支給決定処分が、担当職員において当該支給申請につき必要書類等を適切に審査し、支給要件の審査及び申請者と受給権者の同一性の確認について担当職員に求められる注意義務を尽くした上で過失なく行われたものと認められるときは、仮に、受給に必要な書類等を持参して当該支給申請を行った受給権者の外観を呈する申請者が何らかの事情により受給権者との同一性を欠いていた場合でも、当該支給決定処分を違法と評価することはできないものと解するのが相当である。その場合には、当該支給決定処分によって受給権者の支給請求権は既に発生しているものと解されるが、当該支給決定処分に基づいて行われた支給行為自体は事実行為としての弁済に当たるものといえるから、受給権者の外観を呈する必要書類等を持参した右申請者に対する当該支給行為の弁済としての効力に関しては、債権者の外観を呈する債権証書の持参人に対する弁済の場合に準じて、債権の準占有者に対する弁済に関する民法四七八条の類推適用を認めることができ、右受給権者の支給請求権は当該支給行為の弁済としての効力により消滅したものと解されることになる。そうすると、右のとおり適法な支給決定処分により発生した受給権者の支給請求権が、当該支給決定処分に基づく支給行為の弁済としての効力により既に消滅したものと認められる以上、その後に受給権者本人によって別途の支給申請がされても、支給権限を有する行政庁としては、これに応ずることはできず、当該支給申請に対しては、既に支給済みであることを理由として不支給決定処分をするほかないことになり、右の理由に基づいてされた不支給決定処分は適法であると解するのが相当である。
そこで、以下、本件各支給申請の手続における必要書類等の提出状況、各担当職員の審査状況等の事実関係に則して、本件各支給決定処分の適法性及び同処分に基づく支給行為の弁済としての効力につき、右の観点から検討することとする。
(二) 本件事案の検討
(1) 前記二1のとおり、本件葬祭費の支給申請手続においては、支給要件に係る被保険者の死亡の事実及びその葬祭執行者を確認するため、法令上は火葬許可証の写し及び国民健康保険被保険者証が必要書類とされ、実務上は、広島市西区役所における口座振込の事務処理の手続のため、葬祭執行者の預金口座番号の分かるものの提出が事実上求められており、申請者と受給権者(葬祭執行者)の同一性の確認のためにこれらの書類に加えて葬祭執行者の印鑑の提出が求められている。また、前記二2のとおり、本件葬祭料の支給申請手続においては、支給要件に係る被爆者の死亡の事実及び死因を確認するため、実務上、それらの書類及び印鑑に加えて、死亡診断書又は死体検案書(写しでもよいとされている。)及び被爆者健康手帳が必要書類とされている。
右の各必要書類のうち、火葬許可証については、本件葬祭費の支給申請手続においては、広島市国民健康保険規則七条の明文の規定により、写しを提出すれば足りることとされており、その趣旨は、同じく葬祭執行者の確認等のために右書類の提出が求められている本件葬祭料の支給申請手続においても、同様に妥当するものと解される。また、死亡診断書についても、法令上原本の提出を義務付ける規定はなく、実務上、写しでもよいとされており、広島市西区役所の窓口に備え付けられている申請者向けの各案内書等にも、その旨が明記されている。そして、口座振込の事務処理手続のために提出が求められている葬祭執行者の「預金口座番号の分かるもの」としては、預金通帳の写しで足りることは明らかである。
以上のとおり、実務上は、死亡診断書のように案内書等に写しで足りる旨の明示的な注記がされていない火葬許可証及び葬祭執行者の預金通帳に関しても、原本以外は受理を認めないという趣旨ではなく、前記の各必要書類等の全体を総合した上で、申請者が受給権者(葬祭執行者)本人として行った当該支給申請時の状況の下における合理的な判断により、支給要件を充足する受給権者(葬祭執行者)に係る当該支給申請がその外観上受給権者(葬祭執行者)本人の申請によるものと認め得る場合には、それらの写しをもって前記の審査及び確認をすることで足りるものと解するのが相当である(右注記の趣旨については、本判決後記二2(三)参照)。
(2) 本件各支給申請の手続においては、前示のとおり、右の必要書類等として、火葬許可証の写し及び国民健康保険被保険者証の原本、死亡診断書の写し及び被爆者健康手帳の原本、控訴人の預金通帳(「H歯科診療所G」名義)の写し並びにH名の印鑑がBにより提出されているので、本件葬祭費等の各支給申請手続において法令上及び実務上添付が求められている必要書類等の提出がされているものということができる。
右の各必要書類等のうち、火葬許可証、死亡診断書及び預金通帳については、前示のとおり各写しに基づいて前記の審査及び確認がされているが、(ア)本件葬祭費等の支給要件の審査の観点からは、①火葬許可証については、前示のとおり、本件葬祭費の支給申請手続においては、法令上明文の規定により、写しの提出をもって足りるとされており、その趣旨は、同じく葬祭執行者の確認等のために右書類の提出が求められている本件葬祭料の支給申請手続においても、同様に妥当するものと解されること、②死亡診断書については、本件葬祭料の支給の要件である被爆者の死亡の事実及び死因を確認する上で、必ずしも原本の確認が必要とはいえず、また、死亡届の添付書類として戸籍事務所管の官公署に提出されて保管される当該書類の性質上原本の持参が困難な場合があること、③葬祭執行者の銀行預金通帳についても、口座振込の事務処理手続の観点からは、葬祭執行者名義の預金口座の口座番号を確認する上で、必ずしも原本の確認が必要とはいえないこと、(イ)申請者と受給権者(葬祭執行者)の同一性の確認の観点からも、①火葬許可証、死亡診断書及び葬祭執行者名義の預金通帳は、その写しであっても、葬祭執行者本人又はその近親者等でなければ、国民健康保険被保険者証及び被爆者健康手帳の各原本に加えてこれらの書類すべてを所持していることは通常考え難いこと、②前示のとおり、国民健康保険被保険者証及び被爆者健康手帳の各原本に加えて、火葬許可証、死亡診断書及び控訴人名義の預金通帳の各写し並びにH名の印鑑を提出して行われた本件各支給申請において、その申請手続に同行して立ち会ったAの妻(控訴人の母)Cから何ら異議が述べられず、C自身が右申請手続による本件葬祭費等の支給を希望する意思を表明していたこと、③当初提出された本件葬祭料の支給申請書(丙三)には、控訴人の預金口座を記載した上で控訴人への振込通知を「要」とする旨の記載がされており、右①及び②の各事情に加えて、本件葬祭料を控訴人の預金口座に振り込み、かつ、その振込通知書を控訴人に送付することを求める右申請書の記載内容からも、担当職員らとしては本件各支給申請を控訴人本人の申請によるものと考えたこと、④一般に、本件葬祭費等の各支給申請は、その性質上、申請数が相当多数となるものと推認され、現に、証拠(証人D及び同Fの各証言)によれば、本件葬祭費の支給件数は毎月約五〇件、本件葬祭料の支給件数は毎月約三〇件に上ることが認められる一方で、各給付の金額は、本件葬祭費が四万円、本件葬祭料が一四万円と比較的少額であり、かかる多数かつ少額の給付支給申請の手続においては、支給事務の効率性及び申請者の負担のいずれの観点からも、法令の要求する範囲を超えてすべての必要書類につき原本の提出を求めることは相当とは解されないこと等の諸般の事情を総合考慮すると、本件葬祭費等の支給要件の審査(前記(ア))及び申請者と受給権者(葬祭執行者)の同一性の確認(前記(イ))のいずれの観点からも、被控訴人らの担当職員らにおいて右審査及び確認について求められる注意義務の履行に欠けるところはなく、右審査及び確認につき過失はなかったものと認めるのが相当である。
(3) したがって、受給権者(葬祭執行者)の外観を呈する必要書類等を持参してされた本件各支給申請につき、前示の状況の下で、支給要件を充足する受給権者(葬祭執行者)を名あて人としてされた本件各支給決定処分に関しては、被控訴人らの担当職員らにおいて支給要件の審査及び申請者と受給権者(葬祭執行者)の同一性の確認について求められる注意義務の履行に欠けるところはなく、右審査及び確認につき過失はなかったものと認められる以上、前記(一)のとおり、当該処分を違法と評価することはできないものと解するのが相当である。
また、本件各支給決定処分に基づく本件葬祭費等の支給行為に関しても、受給権者(葬祭執行者)の外観を呈する必要書類等を持参した申請者につき、前示の状況の下で、被控訴人らの担当職員らにおいて右外観を信頼し、申請者と受給権者の同一性を欠くことにつき善意無過失で当該支給行為が行われたものと認められる以上、前記(一)のとおり、債権者の外観を呈する債権証書の持参人に対する弁済の場合に準じて、債権の準占有者に対する弁済に関する民法四七八条の類推適用により、有効な弁済としての効力を肯認することができるものと解するのが相当である。
以上の次第で、適法な本件各支給決定処分により発生した本件葬祭費等の支給請求権は、同処分に基づく支給行為の弁済としての効力により消滅したものと認められる以上、本件葬祭費等が既に支給済みであることを理由としてされた本件各不支給決定処分に関しては、これを違法と評価することはできず、適法な行政処分であると解するのが相当である。そして、前示のとおり、本件各支給申請がBの無権代理行為ないし控訴人の名でした事務管理によるものと解される以上、控訴人としては、Bに対し、無権代理人としてその責任を追求し、あるいは事務管理者として、事務管理の規定に従い、その義務の履行を求める等の方法により解決すべきものと解するのが相当である。」
二 当審における当事者双方の主張とこれらに対する判断
1 被控訴人らは、当審において、①控訴人の預金口座を記入した上で控訴人への振込通知を「要」とする旨を記した本件葬祭料の支給申請書(丙三)の記載内容からは、B及びCに本件葬祭費等の不正取得の意図がなく、控訴人のために申請手続を行ったことは明らかであること、②国民健康保険料等の還付の申立てが控訴人自身によって行われたことは明らかであり、右還付の申立書(乙一四)に押印された控訴人名の印鑑は、本件各支給申請の申請書に押印された控訴人名の印鑑と非常によく似ていること、③本件各証拠によれば、本件各支給申請を行った際に、B及びCは火葬許可証の原本を所持していたものと考えられること、④Bが所持していた控訴人名義の預金通帳のコピーは、葬儀費用の折半とは別の機会に控訴人からBに交付されたものである可能性があり、右預金通帳の口座名義に肩書の問題があることが明らかになったことから、Bは、控訴人に電話をしてその対応につき相談したが、控訴人が他の口座を知らせなかったため、新たに控訴人名義の口座を開設するよう試み、控訴人の了解を得ようとしたものであること、⑤控訴人はファックスでの依頼を受け、Bに被爆者健康手帳を渡していたことが明らかであること、⑥乙一八の1の封筒裏面のリストは、平成五年六月一一日に本件各支給申請や年金請求の手続を行うために必要書類をチェックした際のメモであり、封筒内に本件各支給申請関係の書類、年金申請関係の書類及びCの国民健康保険料の関係書類等が混在して入っていることから、この封筒は、Aの死後の様々な手続に関係する書類をまとめて入れておく封筒であったと考えられること、⑦本件各証拠によれば、本件各支給申請を行った際にB及びCが提出した死亡診断書は、控訴人がBに渡したという以外には考えられないこと等の諸般の事情を総合すると、B及びCは、本件各支給申請を行うために必要な控訴人の印鑑、火葬許可証の原本、控訴人名義の預金通帳のコピー、写しでもよいとされている死亡診断書の写し、被爆者健康手帳の原本を預かって広島市西区役所を訪れ、本件葬祭費等が控訴人の口座に振り込まれ、その旨が控訴人に通知され、何か問題があった際には控訴人に連絡がとられるように手続を行ったものであり、控訴人との合意に基づき、控訴人の使者又は代理人として本件各支給申請を行ったものと認めるのが相当である旨主張する。
(一) そこで検討するに、被控訴人らの右①の主張に関しては、(ア)当初提出された葬祭料支給申請書(丙三)には、控訴人の預金口座を記載した上で振込通知を「要」とする旨の記載がされており、本件葬祭料を控訴人の預金口座に振り込み、かつ、その振込通知書を控訴人に送付することを求める右申請書の記載内容からは、「H歯科診療所G」名義の第一勧業銀行大和田支店の預金口座を記載した右申請書を窓口に提出した当初の時点において、B及びCに不正取得の意図はなく、Bは当初国民健康保険の世帯主の変更及び厚生年金の遺族年金への切替えの手続と併せて控訴人の便宜のために本件葬祭費等の各支給申請手続をしようとしたものと推認されるが、(イ)他方で、(a)証人B自身が、前示のとおり、本件葬祭費等の各支給申請手続について控訴人から直接頼まれたことはない旨証言していること、(b)本件葬祭費等は、Bが広島銀行己斐支店において新規に開設した控訴人名義の預金口座に振り込まれたが、その預金通帳はその後も現在に至るまでB又はCが所持しており控訴人の手元には一切渡っていないこと、(c)Bが新規の預金口座を開設した時点で書き直して作成された葬祭料支給申請書(丙四)の振込通知の要否欄には、当初の記載と異なり「不要」に印が付されており、これは、新規の口座開設の際に担当職員から確認を受けたBの意向に基づくものと推認されること等の諸事情を併せ考えると、前記(ア)の事情を斟酌してもなお、本件葬祭費等の各支給申請手続につきBが控訴人から授権を受けていたものと推認することはできず、右主張は理由がない。
(二) 被控訴人らの右②の主張に関しては、国民健康保険料等の還付の申立書(乙一四)に押印された控訴人名の印鑑と、本件各支給申請の申請書(乙三、四、丙四)に押印された控訴人名の印鑑との同一性に関しては、右両印影を対照すると、両者が類似した印鑑によるものであることは看取し得るものの、両者は顕著な特徴はなく、いずれも市販で容易に入手し得る既製の印鑑の類によるものと推認され、両者の対照のみをもって直ちにこれらを同一の印鑑によるものと認めるには足りないといわざるを得ず、他に両者の同一性を認めるに足りる証拠はない以上、右主張は理由がない。
(三) 被控訴人らの右③の主張に関しては、前示のとおり、関係証拠によれば、本件各支給申請を行った際にBが所持していたのは、火葬許可証の写しであり、その原本ではないものと認めるのが相当である。そして、火葬許可証の写しに関しては、前示のとおり、控訴人は、火葬許可証の交付申請や死亡の届出等の手続を葬儀会社の担当者に一任して了した後、火葬許可証及び死亡診断書の各写しを含む各種手続用の関係書類一式を右封筒に入れて保管していたところ、Aの法要後に控訴人の経営する歯科医院を訪れたBは、事前にファックスにより依頼してあった被爆者健康手帳等の証書類を控訴人から受領した際、関係書類が散逸しないように、その証書類を右関係書類一式の入った封筒ごと控訴人から預かったものと認められ、右関係書類の授受に際して国民健康保険の世帯主の変更及び年金関係の手続の範囲を超えた授権の存在は認められない以上、Bが右火葬許可証の写しを所持していたことをもって、直ちに本件葬祭費等の各支給申請手続につきBが控訴人から授権を受けていたものと推認することはできず、被控訴人らの右主張は理由がない。
(四) 被控訴人らの右④の主張に関しては、前示のとおり、控訴人名義の預金通帳の写し(乙一八の17)は、葬儀費用の負担分の振込送金の依頼とともに、その振込先の口座を知らせる趣旨で控訴人がBに送付したものであり、Bが右預金通帳の写しを所持していたことは、本件葬祭費等の各支給申請手続に関する控訴人のBに対する授権の存在を推認するに足りる事実とはいえず、右主張は理由がない。
(五) 被控訴人らの右⑤の主張に関しては、前示のとおり、被爆者健康手帳の原本は、国民健康保険の世帯主の変更及び厚生年金の遺族年金への切替えの手続に必要な書類の一つとして送付を求めるBからのファックスによる依頼に基づき、Aの法要後にBが控訴人の経営する歯科医院を訪れた際に控訴人から受領したものと認めるのが相当であり、Bが右被爆者健康手帳の原本を所持していたことをもって、直ちに本件葬祭費等の各支給申請手続につきBが控訴人から授権を受けていたものと推認することはできず、右主張は理由がない。
(六) 被控訴人らの右⑥の主張に関しては、乙一八の1の封筒をBが所持するに至った経緯は前記(三)のとおりであり、右封筒内の関係書類の授受に際して国民健康保険の世帯主の変更及び年金関係の手続の範囲を超えた授権の存在は認められない以上、Bが右封筒を所持していたことをもって、直ちに本件葬祭費等の各支給申請手続につきBが控訴人から授権を受けていたものと推認することはできず、右主張は理由がない。
(七) 被控訴人らの右⑦の主張に関しては、Bが死亡診断書の写しを所持するに至った経緯は前記(三)のとおりであり、死亡診断書の写しを含む関係書類の授受に際して国民健康保険の世帯主の変更及び年金関係の手続の範囲を超えた授権の存在は認められない以上、Bが右死亡診断書の写しを所持していたことをもって、直ちに本件葬祭費等の各支給申請手続につきBが控訴人から授権を受けていたものと推認することはできず、右主張は理由がない。
2 控訴人は、当審において、本件葬祭費の支給事務と表見法理との関係について、本件に表見法理を当てはめて本件葬祭費の支給を有効とするには、支給事務の内部的基準(乙一〇の手引書)及び対外的基準(甲全三、丙一の各案内書)を満たしている外観を有することが最低限の要件となるが、本件では、①内部的基準に則していうと、火葬許可証の写しは全く提出されておらず、手引書が定める原本の提示や確認もない、②対外的基準に則しても、銀行預金通帳か葬祭執行者の預金口座番号の分かるものも、申請書の記載と照合し確認するという意味では何も提示されていない、③対外的基準では、死亡診断書又は死体検案書以外の必要書類はすべて原本とされており(死亡診断書又は死体検案書のみについて写しで足りる旨注記されているのは、他の必要書類はすべて原本を要する趣旨と解される。)、葬祭執行者本人であることの確認のために必要とされる火葬許可証の原本を、本件において来庁した者が保持しているか否かの確認は全くされていない、④乙一〇の手引書は、代理申請は認めても使者による申請は認めておらず、仮にCが手続を行いBは近くにいただけなら、担当職員は委任状の提出を求める注意義務があったことになり、原判決のように申請者を漠然とC及びBと認定することはできず、いずれにしても、本件は外観主義に基づく表見法理の当てはめができない場合である旨主張する。
(一) そこで検討するに、控訴人の右①の主張に関しては、火葬許可証については、法令上明文の規定(広島市国民健康保険規則七条)により、写しの提出をもって足りるとされているところ、前示のとおり本件では現に火葬許可証の写しが提出されているものと認められる上、申請者と受給権者(葬祭執行者)の同一性の確認の観点からも、火葬許可証、死亡診断書及び葬祭執行者名義の預金通帳は、葬祭執行者(受給権者)本人又はその近親者等でなければ、それらの写しを、国民健康保険被保険者証及び被爆者健康手帳の各原本に加えてすべて所持していることは通常考え難く、これらの書類一式及びH名の印鑑を提出して行われた本件各支給申請において、その申請手続に同行して立ち会ったAの妻(控訴人の母)Cから何ら異議が述べられず、C自身が右申請手続による本件葬祭費等の支給を希望する意思を表明していた当時の状況からすれば、前示の本件葬祭費支給事務の性質等を併せ考えると、本件において法令の要求する範囲を超えて火葬許可証の原本の提出を求めるべき特段の事情があったとは認められず、その審査及び確認につき被控訴人らの担当職員に注意義務の違反(過失)はなかったものと認めるのが相当であり、右主張は理由がない。
(二) 控訴人の右②の主張に関しては、葬祭執行者の銀行預金通帳等に関しては、前示のとおり、口座振込の事務処理手続の観点からは、葬祭執行者名義の預金口座の口座番号を確認する上で、必ずしも預金通帳の原本の確認が必要とはいえず、現に実務上も「預金口座番号の分かるもの」で足りるとされている(丙一の案内書)以上、預金通帳の写しで足りることは明らかであり、本件では現に控訴人名義の預金通帳の写しが提出されているのであるから、その審査及び確認につき被控訴人らの担当職員に注意義務の違反(過失)はなく、右主張は理由がない。
(三) 控訴人の右③の主張に関しては、本件において写しが提出された火葬許可証、死亡診断書及び預金通帳の各書類に関しては、前示のとおり、法令上及び実務上、写しの提出で足りるものとされており、その取扱いにはいずれも合理的な理由があるものということができるから、それらの審査及び確認につき被控訴人らの担当職員に注意義務の違反(過失)はなく、右主張は理由がない。なお、甲全三、丙一の各案内書の中で死亡診断書又は死体検案書のみについて写しで足りる旨が括弧書きで明記されている点に関しては、前記「事務の手引」と題する書面(丙二)の記載内容等に照らすと、死亡届の添付書類として戸籍事務所管の官公署に提出されて保管される当該書類の性質上原本の持参が困難な場合があることから念のため注記されたものにすぎず、法令上明文の規定により写しで足りるとされている火葬許可証や、「預金口座番号の分かるもの」で足りる以上当然に写しで足りると解される預金通帳について同様の注記がされていないのは、これらの書類については原本の持参に右のような特段の支障はなく、原本又は写しのいずれを持参することも通常あり得ることからあえて注記する必要がないと考えられたものと推認されるところであり、この点に関する控訴人の主張は理由がない。
(四) 控訴人の右④の主張に関しては、当裁判所は、前示のとおり、Bが葬祭執行者本人として本件各支給申請を行ったと認定するものであり、Bが葬祭執行者(受給権者)の外観を呈する前記の必要書類等を提出して行った本件各支給申請につき、その申請手続に同行して立ち会ったAの妻(控訴人の母)Cから何ら異議が述べられず、C自身が右申請手続による本件葬祭費等の支給を希望する意思を表明していた前示の状況の下で、(ア)被控訴人らの担当職員らにおいて支給要件の審査及び申請者と受給権者(葬祭執行者)の同一性の確認について求められる注意義務の履行に欠けるところはなく、右審査及び確認につき過失はなかったものと認められる以上、本件各支給決定処分を違法と評価することはできず、また、(イ)本件各支給決定処分に基づく本件葬祭費等の支給行為に関しても、被控訴人らの担当職員らにおいて右外観を信頼し、申請者と受給権者の同一性を欠くことにつき善意無過失で当該支給行為が行われたものと認められる以上、債権者の外観を呈する債権証書の持参人に対する弁済の場合に準じて、債権の準占有者に対する弁済に関する民法四七八条の類推適用により、有効な弁済としての効力を肯認することができるものと解するのが相当であり、右主張は理由がない。
3 控訴人は、当審において、本件葬祭料の支給事務と表見法理との関係について、①内部的基準(丙二)でも対外的基準(甲全三、丙一)でも、火葬許可証は原本の持参が必要とされ、写しを認めていないのに、本件ではその原本は持参・提出されておらず、これらの基準の要件を満たしていない、②受理された葬祭料支給申請書の全文が職員の代筆であることが明らかな本件は、申請書の自筆を要件とし、代筆の場合には特別な要件を課している原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律施行規則(現在は原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行規則)に違反しており、表見法理を適用する余地はない、③窓口に来て手続をした者がCであったとすれば、来庁者が申請者本人でないことは一見して明らかであり、書類等についてはより高度の注意義務が課せられて当然であり、本件は外観主義に基づく表見法理の当てはめができない場合である旨主張する。
(一) そこで検討するに、控訴人の右①の主張に関しては、(ア)本件葬祭費の支給申請手続において葬祭執行者の確認等のために提出が求められている火葬許可証について、法令上明文の規定(広島市国民健康保険規則七条)により写しの提出をもって足りるとされている趣旨は、同じく葬祭執行者の確認等のために右書類の提出が求められている本件葬祭料の支給申請手続においても、同様に妥当するものと解されるところ、(イ) 申請者と受給権者(葬祭執行者)の同一性の確認の観点からも、前示のとおり、火葬許可証、死亡診断書及び葬祭執行者名義の預金通帳は、葬祭執行者本人又はその近親者等でなければ、それらの写しを、国民健康保険被保険者証及び被爆者健康手帳の各原本に加えてすべて所持していることは通常考え難く、これらの書類一式及びH名の印鑑を提出して行われた本件各支給申請において、その申請手続に同行して立ち会ったAの妻(控訴人の母)Cから何ら異議が述べられず、C自身が右申請手続による葬祭費等の支給を希望する意思を表明していた当時の状況からすれば、前示の控訴人への振込通知を求める葬祭料支給申請書(丙三)の記載内容、本件葬祭料支給事務の性質等を併せ考えると、本件において殊更に火葬許可証の原本の提出を求めるべき特段の事情があったとは認められず、前示のとおり本件では現に火葬許可証の写しが提出されているものと認められる以上、その審査及び確認につき被控訴人らの担当職員に注意義務の違反(過失)はなかったものと認めるのが相当であり、右主張は理由がない。
(二) 控訴人の右②の主張に関しては、原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律施行規則(昭和四三年厚生省令第三四号、平成七年厚生省令第三三号により廃止)三二条(現行の原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行規則七六条に相当)は、都道府県知事は、申請者が申請書を作成することができない特別の事情があると認めるときは、当該申請者の口頭による陳述を当該職員に聴取させた上で、必要な措置を採ることによって、申請書の受理に代えることができ(同条一項)、右陳述を聴取した職員は、陳述事項に基づいて所定の申請書の様式に従って聴取書を作成し、これを陳述者に読み聞かせた上で、陳述とともに記名押印しなければならない旨(同条二項)規定しているが、右の規定は、申請者が目が見えない場合や読み書きができない場合等のように自ら書面を作成できない特別の事情がある場合における申請の手続を定めたものであり、本件のように、申請者について右のような特別の事情はなく、単に、申請者が当初自ら提出した申請書につき、預金口座の欄を全面的に訂正して口座開設の時点で記載を補充しなければならない事情があるため、振込先の口座名や口座番号を訂正扱いにすると会計課の決裁が通りにくいこと等を考慮して、申請書の受理の決裁を円滑に得るための配慮から、担当職員が申請者の同意を得て当初の申請書の記載を新しい申請書用紙(申請者自ら押印したもの)に転記し、口座開設の時点で預金口座の欄を補充することにより、申請者自身の作成に係る申請書を正確かつ適切に完成することを補助したにすぎない場合は、右規則の規定に抵触しないものと解するのが相当であり、本件において申請者本人の同意の下に担当職員の補助を得て行われた葬祭料支給申請書の作成手続に所論の違法はなく、右主張は理由がない(なお、本件では、当初提出された葬祭費支給申請書も、書き間違えのために当該事項の記載が判読しにくい状態になっていたため、右と同様に担当職員の配慮により申請者本人の同意の下に申請書作成の補助がされているが、本件葬祭費の申請書については右のような法令の規定はない上、右と同様の理由から、本件において申請者本人の同意の下に担当職員の補助を得て行われた葬祭費支給申請書の作成手続が適法であることは明らかである。)。
(三) 控訴人の右③の主張に関しては、当裁判所は、前示のとおり、Bが葬祭執行者本人として支給申請を行ったと認定するものであり、Bが葬祭執行者(受給権者)の外観を呈する前記の必要書類等(被爆者健康手帳及び国民健康保険被保険者証の各原本、火葬許可証、死亡診断書及び控訴人名義の預金通帳の各写し並びにH名の印鑑)を提出して行った本件各支給申請につき、その申請手続に同行して立ち会ったAの妻(控訴人の母)Cから何ら異議が述べられず、C自身が右申請手続による本件葬祭費等の支給を希望する意思を表明しており、窓口に提出された葬祭料支給申請書にも控訴人への振込通知を求める記載がされていた前示の状況の下で、
(ア) 担当職員において支給要件の審査及び申請者と受給権者(葬祭執行者)の同一性の確認について求められる注意義務の履行に欠けるところはなく、右審査及び確認につき過失はなかったものと認められる以上、本件各支給決定処分を違法と評価することはできず、また、(イ)本件各支給決定処分に基づく本件葬祭費等の支給行為に関しても、被控訴人らの担当職員らにおいて右外観を信頼し、申請者と受給権者の同一性を欠くことにつき善意無過失で当該支給行為が行われたものと認められる以上、債権者の外観を呈する債権証書の持参人に対する弁済の場合に準じて、債権の準占有者に対する弁済に関する民法四七八条の類推適用により、有効な弁済としての効力を肯認することができるものと解するのが相当であり、右主張は理由がない。
4 そして、控訴人の当審における他の主張の中に、前示の判断を左右するに足りる主張はない。
第四結論
以上の次第で、控訴人らの本訴請求をいずれも棄却した原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 川波利明 裁判官 布村重成 裁判官 岩井伸晃)